事業承継の成功を決める最大の要因は「いつから準備を始めるか」です。適切な時期を逃すと、後継者教育・税制対策・株式対策・金融機関対応が間に合わず、M&A（第三者承継）という選択肢さえスムーズに活用できなくなります。

本記事では、データに基づく「事業承継の検討開始の最適年齢」と、準備期間が足りない場合にM&Aを戦略的に活用するための最適解について、専門家の視点から解説します。

1. 事業承継の検討開始：最適な年齢は「50代」が目安

事業承継の準備は、経営者の引退年齢から必要な期間を逆算して計画することが鉄則です。

1-1. 中小企業経営者の平均引退年齢の現状

2013年度の中小企業白書によると、中小企業経営者の平均引退年齢は67〜70歳。
30年前と比べて6〜8歳上昇しており、経営者の高齢化が進んでいることが明確です。

背景には、

• 後継者不足（少子化・子どもの進路の多様化）
  
• 経営者自身の健康不安の先送り
  
• 「忙しくて承継に手が回らない」という心理的・時間的理由

が挙げられます。

1-2. 事業承継に必要な準備期間の定義（Q&A形式）

Q: 後継者決定から引き継ぎ完了まで、どれくらいの期間が必要ですか？

A: 5〜10年以上が必要です。

理由：

• 後継者候補の選定
  
• 財務・会計・経営判断の教育
  
• 社内人望・組織統治・実績づくり
  これらは短期間では習得できません。

平均引退年齢（67歳〜70歳）から逆算すると、

50歳〜55歳の段階で事業承継の検討を始めるのが最適

となります。

まとめ：後継者育成に必要な「5〜10年」を確保するために、事業承継の検討開始は50代前半が最も合理的です。

2. 事業承継M&Aの戦略的活用：期間を短縮する最適解

親族内承継・従業員承継の準備が間に合わない、あるいは後継者候補がいない場合、M&A（第三者承継）は有効な選択肢です。

2-1. M&Aによる事業承継に必要な期間

事業承継M&Aは、検討開始から完了まで1〜2年が一般的です。
後継者教育に5〜10年を要するケースと比較すると、必要期間を5分の1以下に短縮できます。

短縮できる理由：

• ゼロから後継者を育てる必要がない
  
• 経営経験者がそのまま事業を引き継ぐ場合が多い

適用が特に有効なケース：

• 引退年齢が迫っている
  
• 経営者の健康状態に不安がある
  
• 後継者候補が見つからない・育成が難しい

※ ただし後述の通り、M&Aは「早く終わるから楽」ではありません。

2-2. 承継方法決定後の8つの準備（STEP形式）

事業承継の方法を決定した後も、以下の8つの段階で準備を進める必要があります。

1. 事業承継計画の策定: 手続きの流れやスケジュールをまとめた計画書を策定します。
2. 自社の現状分析: 業績、キャッシュフロー、個人保証、債務残高などを把握します。
3. 経営資源の整理: 「ヒト」「モノ」「カネ（資金・株式）」「情報」を整理し、価値を高める戦略を検討します。
4. 課題の洗い出し: 後継者教育、承継後の環境変化を見越した懸念点を整理します。
5. 事業承継方法の決定: 親族内承継、従業員承継、M&Aを決定します。
6. 事業承継の支援制度の確認: 事業承継税制や遺留分特例など、公的なサポートを確認します。
7. 後継者の教育: 5〜10年をかけ、財務・会計の知識、リーダーシップなど必要な能力を育成します。
8. 事業承継の実行: 準備が整ったら、着実に実行します。

まとめ：M&Aは期間を大幅に短縮できますが、いずれの承継方法でも、株式評価や個人保証の整理、税制の確認といった8つの準備段階を省略することはできません。

3. 経営者が事業承継で検討すべきこと（Q&A形式）

3-1. Q: 事業承継で最も重要な検討事項は何ですか？

A: 引退時期の決定と後継者教育の方法・期間です。引退時期が決まらなければ、そこから逆算して必要な教育期間（5〜10年）や、税制対策の計画が立てられません。健康状態が良好なうちに、余裕をもって引退時期を決定することが重要です。

3-2. Q: 事業承継M&Aでは、どんな課題が残りますか？

A: M&Aは期間を短縮できますが、実施後の数ヶ月〜1年程度は、前経営者が会社に残って引き継ぎ作業を担当するというケースが多いです。また、M&Aは他企業との統合であり、成功確率は決して高くありません。M&Aの成否だけでなく、実施後の統合（PMI）まで見据えた計画が必要です。

3-3. Q: 経営者が事業承継を検討する上で、特に注意すべきリスクは何ですか？

A: 個人保証の引き継ぎです。事業に関する経営者の個人保証を、承継時に後継者に引き継ぐか、解除するかの対応が必要です。この手続きを怠ると、法定相続人全員に個人保証が引き継がれるという法的トラブルに発展する可能性があるため、専門家と連携した早期の対応が不可欠です。

4. まとめ：事業承継の成功は「時間」と「戦略」から

経営者が事業承継の検討をはじめるべき年齢は、50代〜55歳程度が目安です。これは、後継者育成に必要な長期期間と、健康状態を考慮した最適な時期です。

引き継ぎ後の事業運営をスムーズに進めるためにも、引退時期の決定、後継者の選定、そして税制・法務の準備をなるべく早い時期からはじめましょう。

【関連記事：【専門家解説】富裕層のための事業承継完全ガイド：50代で始める「後継者・事業・税務」の準備戦略】

監修・執筆：渋谷 豊

ファミリーオフィスドットコム株式会社　代表取締役 大学卒業後、邦銀にてキャリアをスタート。大学院を修了後、Citibank N.A.、仏銀ソシエテ・ジェネラル信託銀行、Societe Generale Bank & Trust Singapore において、プライベートバンキングおよびアセットマネジメント業務に従事。海外勤務7年間を含め、グローバルな資産管理の実務経験を有する。 帰国後は、上場企業グループ傘下の投資顧問会社の代表取締役として、富裕層および上場企業オーナー向けの資産運用助言・ファミリーオフィス業務を統括。資産運用・管理領域における実務歴は25年以上に及ぶ。 2019年設立のファミリーオフィスドットコム株式会社において、中立的立場から資産管理・運用に関する総合的支援を提供。また、2019年より、厚生労働省年金局資金運用課（GPIF 所管）の資産運用研修にて講師を務めている。慶應義塾大学大学院修了。

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