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FRBは利上げを見送ったのではない 〜市場は「高金利の長期化」を織り込み始めた〜

FRBは利上げを見送ったのではない 〜市場は「高金利の長期化」を織り込み始めた〜

7月のFOMCで、FRBは政策金利を3.50〜3.75%に据え置きました。

しかし、今回の会合を単純に「利上げ見送り=ハト派」と捉えるのは危険です。

12名の投票メンバーのうち3名が0.25%の利上げを主張し、反対票を投じました。3名もの反対票が出たこと自体、FRB内部でインフレへの警戒感が根強く、政策判断が大きく分かれていることを示しています。

一方で、ケビン・ウォーシュ議長は9月利上げを明確に示唆せず、今後の政策経路についても具体的な道筋を示しませんでした。

結果として、FRBは政策金利を動かさなかったものの、市場の不確実性を十分に低下させることはできませんでした。

今回、私が最も重要だと感じたのは、政策金利が据え置かれたこと自体ではありません。

FRBが「2%のインフレ目標」を今後どれほど厳格に扱うのか、その政策スタンスが読みづらくなったことです。

ここが、今後の株式、債券、為替を考えるうえで最大のポイントになります。

「据え置きなのに長期金利上昇」が示すもの

通常、予想されていた利上げが見送られれば、債券は買われ、金利は低下しやすくなります。

ところが今回は、短期金利が大きく上昇しなかった一方、10年債や30年債を中心に長期金利が上昇し、イールドカーブはスティープ化しました。

7月31日時点では、米2年債利回りが4.25%前後、10年債利回りが4.67%前後まで上昇し、30年債利回りも一時5.2%台に達したと報じられています。

<出所:investing.com>

この動きは、市場が単に「将来、追加利上げがあるかもしれない」と考えたからだけではありません。

政策金利が高い状態がこれまでの想定より長く続く可能性や、将来のインフレ、財政赤字、国債需給を巡る不確実性まで、長期金利に織り込まれ始めたと考えられます。

つまり、今回の長期金利上昇は、将来の政策金利見通しだけでなく、インフレ・リスクプレミアムやタームプレミアムが上昇した可能性も示しています。

中央銀行が信頼されているとき、市場は「一時的にインフレ率が上振れても、いずれ2%へ戻る」と考えます。その場合、多少インフレ率が上昇しても、長期金利は比較的安定します。

反対に、中央銀行の対応が遅い、あるいは政策判断の基準が不明確だと受け止められれば、投資家は長期債を保有するために、より高い利回りを求めます。

長期金利の上昇は、ある意味で、債券市場がFRBに発した警告なのです。

今回のFRBは、本当にハト派だったのか

会合前、市場は一定の確率で利上げを織り込んでいました。

その意味では、据え置きという結論だけを見れば、市場予想よりハト派的でした。

しかし、政策の中身はそれほど単純ではありません。

ウォーシュ議長は記者会見で、「暗黙のインフレ目標が2%を上回っているという誤った印象が生じている」と述べ、FRBの目標はあくまで2%であると強調しました。

また、5年以上にわたりインフレ率が目標を上回ってきた事実にも言及しています。

言葉だけを読めば、かなりタカ派的です。

ところが、具体的にどの程度のインフレなら利上げするのか、いつまでに2%へ戻すのか、9月に動く可能性がどの程度あるのかについては、明確な説明を避けました。

つまり今回は、

「メッセージはタカ派、行動は慎重、将来の道筋は不透明」

という、市場にとって最も解釈しにくい組み合わせになりました。

ウォーシュ議長は、従来型のフォワードガイダンスから距離を置き、「予測より事実を示す」姿勢を取っています。

しかし市場にとって、情報が少ないことは必ずしも中立ではありません。

中央銀行が将来の政策を説明しなくなれば、その空白を市場が自分で埋めることになります。

そして市場は、不確実性が高いほど、将来起こり得る厳しいシナリオを価格に織り込みやすくなります。

FRBが7月に動かなかった理由

今回、FRBが利上げを見送った最大の理由は、インフレが完全に収束したからではありません。

利上げを急ぐほど、経済全体が強くなかったからです。

6月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数の増加は5.7万人にとどまり、失業率は4.2%でした。

過去分の雇用者数も下方修正されており、労働市場の勢いは明らかに鈍化しています。

一方、6月のCPIは前月比0.4%低下し、前年比では3.5%となりました。

エネルギー価格は前年比15.7%上昇していましたが、食品とエネルギーを除くコアCPIは前月比横ばい、前年比2.6%まで鈍化しています。

FOMC後に発表された6月のPCE価格指数でも、総合指数は前月比0.1%低下、前年比3.7%となりました。

コアPCEは前月比0.1%、前年比3.3%で、依然として2%を上回ってはいるものの、5月の3.4%からはわずかに鈍化しています。

したがって、現在の米国経済は、

「景気が強すぎるため、直ちに利上げが必要」

という状態でもなければ、

「インフレが完全に収束したため、利下げできる」

という状態でもありません。

FRBにとって最も判断が難しい、景気減速と高インフレが同時に存在する局面に入っています。

コアPCEだけを見れば、景色を誤る可能性がある

FRBが重視するコアPCEは、前年比3.3%です。

<出所:MINKABU>
この数字だけを見れば、2%目標から大きく離れており、追加利上げが必要に見えます。

しかし、インフレの基調を測る他の指標を見ると、やや異なる景色が見えてきます。

6月の中央値CPIは前年比2.7%、刈込平均CPIは2.6%、コアCPIも2.6%でした。

さらに、ダラス連銀が算出する刈込平均PCEは前年比2.2%まで低下しています。

この違いは重要です。

平均値としてのコアPCEは、一部の価格が大きく上昇すると、全体も強く押し上げられます。

一方、中央値や刈込平均は、極端に上昇・下落した項目の影響を抑え、より広範な価格の動きを捉えようとします。

現在の米国では、すべての品目が一斉に値上がりしているわけではありません。

一部のサービス価格や特殊な算出項目がコアPCEを押し上げる一方、価格上昇の広がり自体は以前より弱まっています。

これは、インフレ問題が解決したことを意味しません。

ただし、コアPCEの3.3%という数字が示すほど、経済全体のインフレ圧力は一様に強くない可能性があるということです。

金融政策では、インフレ率の「高さ」だけでなく、「広がり」と「持続性」を見る必要があります。

エネルギー価格は、利上げの理由になるのか

今後の最大の不確定要因は、中東情勢とエネルギー価格です。

6月の総合PCEの鈍化には、原油価格の一時的な下落が大きく寄与しました。

しかし、その後は中東情勢の緊張によって原油価格が再び上昇し、ブレント原油は一時1バレル90ドルを超えました。

ガソリン価格の上昇も、家計の負担を強めています。

ただし、原油価格の上昇に対して、FRBが即座に利上げすべきかは別の問題です。

利上げをしても、原油の供給は増えません。

金利を上げても、タンカーの航路が安全になるわけでも、中東の地政学リスクが消えるわけでもありません。

それでもFRBがエネルギー価格を無視できないのは、原油高がガソリン、物流、航空運賃、食品、製造コストへ波及し、賃金やインフレ期待を通じて経済全体に定着する可能性があるからです。

ウォーシュ議長も、供給ショックそのものだけでなく、その影響が原油から離れた品目にまで広がっているかを見極める必要があると説明しています。

FRBが見ているのは、原油価格そのものではありません。

原油高が一時的な物価上昇で終わるのか、それとも持続的なインフレへ変質するのかです。

本当の論点は「2%台を成功と呼ぶのか」

これまでのFRBは、インフレ率が2%台前半まで下がり、労働市場が正常化すれば、政策金利を徐々に中立水準へ戻す余地があると考えてきました。

しかし、ウォーシュ体制では、この考え方自体が修正される可能性があります。

6月のSEPに示されたFOMC参加者の予測中央値では、コアPCEは2026年3.3%、2027年2.5%、2028年2.1%と見込まれていました。

<出所:FRB>

また、各参加者が適切と考える政策金利の中央値は、2026年末3.8%、2027年末3.6%、2028年末3.4%でした。

これはFRBとして決定された政策経路ではなく、あくまで各参加者の予測を集計したものです。

ただし、この見通しからは、インフレが2.5%程度まで低下すれば、政策金利をわずかに引き下げていく余地が想定されていたことが読み取れます。

しかし、ウォーシュ議長が「目標は2%であり、柔軟な暗黙目標は存在しない」と本気で考えるなら、インフレ率が2.5%で安定しても、それを成功とは呼ばない可能性があります。

これは、FRBの政策反応関数が変化する可能性を意味します。

従来は、

「2%台まで低下すれば、景気を壊さない範囲で時間をかけて2%を目指す」

という運営が可能でした。

今後は、

「2%台で長期間止まるなら、金融政策はまだ十分に引き締め的ではない」

と判断されるかもしれません。

仮にそうなれば、景気が大きく悪化しなくても、政策金利が高い状態はこれまで以上に長く続くことになります。

「利上げするか」より「いつまで高金利か」

市場はどうしても、次の会合で0.25%利上げするかどうかに注目します。

しかし、資産運用でより重要なのは、1回の利上げではありません。

政策金利と長期金利の平均的な水準が、今後数年間どこに落ち着くかです。

仮にFRBが9月や12月に一度だけ利上げしても、その後インフレが急速に2%へ向かえば、金融市場への影響は限定的です。

反対に、追加利上げがなくても、インフレが2.5〜3%で粘り続け、政策金利を3%台後半に長く維持せざるを得ないなら、企業価値や不動産価格への影響は大きくなります。

金利が高止まりすれば、将来利益の現在価値は低下し、PERには下押し圧力がかかります。

住宅ローン、商業不動産、企業借入、政府の利払い負担も重くなります。

さらに、財政赤字や国債供給への懸念が加われば、FRBが政策金利を動かさなくても、長期金利だけが上昇する可能性があります。

今回のFOMC後の値動きは、その一例といえるでしょう。

株式市場は「EPS」と「PER」を分けて考える

株式市場にとっては、現在、二つの力が逆方向に働いています。

一つは、AI投資や生産性向上による企業利益の拡大です。

もう一つは、長期金利上昇によるPERの低下です。

企業のEPSが10%増加しても、PERが22倍から20倍に低下すれば、株価上昇の大半は相殺されます。

特に注意すべきは、将来利益への依存度が高い高PER銘柄です。

長期金利が上昇すると、遠い将来の利益ほど現在価値が大きく割り引かれるため、業績が良くても株価が上昇しないことがあります。

一方、潤沢なキャッシュフローを持ち、借入依存度が低く、価格転嫁力のある企業は、高金利環境でも相対的に耐久性があります。

したがって、「FRBが据え置いたから株高」と単純に考えるのではなく、

「EPSの伸びが、金利上昇によるPER低下を上回れるか」

を見る必要があります。

債券は短期と長期で意味が異なる

債券についても、すべてを一括りにするべきではありません。

短期債は、FRBの政策金利に近い利回りを得ながら、価格変動を比較的小さく抑えられます。

一方、長期債は、将来のインフレ、財政リスク、国債需給、タームプレミアムの影響を強く受けます。

現在のようにFRBの政策反応関数が読みにくく、長期金利が上昇している局面では、短期債と長期債のリスクは大きく異なります。

長期債は、景気後退と利下げが始まれば、大きな値上がりが期待できます。

しかし、インフレが粘り、国債供給への不安が残れば、政策金利が据え置かれても値下がりする可能性があります。

今回の相場は、まさにその典型です。

「FRBが利上げしなかったのに、なぜ保有債券が下落するのか」

その答えは、長期債が見ているのは今日の政策金利ではなく、将来のインフレと金利の平均値だからです。

9月までに確認すべき三つの数字

今後の利上げ観測を左右するのは、ウォーシュ議長の発言よりも、実際のデータです。

第一は、コアインフレの前月比です。

前年比は過去12カ月の積み重ねなので、現在の勢いを見るには前月比が重要です。

コアCPIやコアPCEが前月比0.2%程度で推移すれば、年率換算ではおおむね2%台半ばとなり、FRBは様子を見る時間を確保できます。

第二は、インフレの広がりです。

中央値CPI、刈込平均CPI、刈込平均PCEが再び上昇するかを確認する必要があります。

一部品目だけでなく、幅広い価格が上昇し始めれば、追加利上げの可能性は高まります。

第三は、労働市場です。

雇用者数の伸びが鈍化し、失業率が上昇している状況で利上げすれば、景気後退リスクが高まります。

反対に、雇用が再加速し、賃金上昇率も高止まりするなら、FRBは追加引き締めに動きやすくなります。

結論――FRBは時間を買ったが、信頼までは買えなかった

7月のFOMCを一言で表現するなら、

「FRBは利上げを見送って時間を買ったが、市場の信頼まで買うことはできなかった」

ということです。

インフレ指標の一部は明確に鈍化しています。

雇用も減速しており、直ちに利上げしなければならない状況ではありません。

一方、総合PCEは3.7%、コアPCEは3.3%と、2%目標からは依然として距離があります。

エネルギー価格と中東情勢という外生的なリスクも残っています。

したがって、現時点で「利上げはなくなった」と判断するのは早計です。

ただし、「9月に必ず利上げする」と決めつける必要もありません。

重要なのは、次の政策変更を当てることではなく、

「FRBが2%台のインフレを、どの程度、どの期間まで許容するのか」

を見極めることです。

この答えによって、今後の適正な政策金利、米国債利回り、株式市場のPER、不動産価格、ドル相場の均衡点は大きく変わります。

これからの市場は、「利上げか利下げか」という二択ではありません。

インフレは鈍化している。しかし、2%への回帰はまだ見通せない。

景気は減速している。しかし、明確な景気後退にも至っていない。

その中間にある長い時間こそが、投資家にとって最も難しい局面です。

そして恐らく、今後しばらく市場を支配するのは、政策金利の方向よりも、

高い金利がいつまで続くのかという“時間の問題”

になるでしょう。

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