富裕層の資産承継において、遺言書や家族信託は、単なる財産分割の手段ではありません。それは、高額な相続税負担の回避、認知症による資産凍結の予防、そして家族間の「争族」リスクを未然に防ぐための、法的かつ戦略的な仕組みです。
本記事では、遺言書と家族信託の役割を整理しながら、事業承継・認知症対策・長期承継設計といった高度な課題に対応するための活用方法を、専門家視点で解説します。
[ 目次 ]
1. 遺言と信託の役割分担:なぜ法的仕組みが必要か?
遺言と信託は、いずれも「意思の反映」を目的とする点は共通していますが、その機能・タイミング・効果範囲は大きく異なります。目的に応じた使い分け、または併用がポイントです。
1-1. 遺言書(法的効力):後継者への「株式集中」と意思の明示
遺言書は、故人の死後、財産を誰にどのように渡すかを法的に確定するツールです。富裕層にとっての最大の役割は、事業の安定性を確保することにあります。
- 戦略的活用: 遺言書を作成することで、自社株や事業用不動産を特定の後継者に集中させることが可能になります。これにより、株式が複数の相続人に分散し、経営権が不安定になるリスクを防ぎます。
- 注意点: 遺言書も遺留分(相続人に最低限保障される取り分)を侵害することはできません。トラブル回避のためには、遺留分を侵害しない範囲での財産配慮が必要です。
【関連記事:【専門家解説】事業承継のための遺言書作成ガイド:円滑な株式集中と法的効力】
1-2. 家族信託(管理機能):認知症対策と「争族」リスクの回避
家族信託は、資産家が元気なうちに、自身の財産の「管理・処分権限」を信頼できる家族(受託者)に移転する仕組みです。
- 最大のメリット: 委託者(財産の所有者)が認知症などで判断能力を失っても、受託者が資産管理や必要な契約を継続できるため、資産凍結を回避できます。
- トラブル回避: 事前に家族間で信託の「目的」と「仕組み」を共有しないと、相続時に他の相続人から「なぜ長男に名義が移ったのか」という不信感(争族の火種)を招きます。信託を導入する際は、他の相続人への十分な説明と合意形成が不可欠です。
【関連記事:【専門家解説】家族信託が将来の「争族」リスクになる理由と回避策】
2. 遺言と信託の比較:機能、コスト、柔軟性の違い
遺言書と家族信託は、資産承継の目的によって使い分けるか、あるいは組み合わせて活用することが推奨されます。
| 比較項目 | 公正証書遺言 | 家族信託 |
| 機能するタイミング | 死亡後 | 生前〜死亡後(継続) |
| 認知症リスク | 対策不可(作成が困難になる) | 対策可能(資産凍結を回避) |
| 管理の柔軟性 | 低(財産分割のみ) | 高(運用方法や受益権を自由に設定可能) |
| コスト | 低(数万円〜数十万円) | 高(専門家への組成費用が必要) |
| トラブルリスク | 遺言執行に不備がなければ低い | 事前説明を怠ると相続時にトラブルリスク高 |
3. 信託を活用した資産承継のステップ(HowTo)
家族信託を導入し、円滑な資産承継を実現するためには、以下のステップで進めることが推奨されます。
3-1. 【STEP 1】目的資産の特定と信託の設計
まず、信託したい財産(不動産、非上場株、金銭など)と、信託の目的(例:長男への経営権集中、母の生活保障)を明確にします。
3-2. 【STEP 2】認知症対策と事業承継の仕組み化
- 機能の分離: 信託を活用し、議決権(経営権)を後継者(受託者)に集中させ、経済的利益(配当金など)は配偶者や他の家族に配分するという設計を行います。これにより、経営権の安定と家族の公平性を両立できます。
- 二世代先への指定: 家族信託は、受益者を「配偶者→長男→孫」と、複数世代にわたって指定できるため、二次相続以降の承継設計も可能です。

3-3. 【STEP 3】公正証書による契約と家族への開示
信託契約は、紛争リスクを避けるため、公正証書で作成することが最も安全です。また、他の相続人には信託の「目的」と「仕組み」を事前に説明し、理解を得ておくことが、将来の訴訟リスクを回避する鍵となります。
4. 遺言・信託活用に関するよくあるご質問(FAQ)
4-1. Q: 家族信託と遺言書は、どちらを優先すべきですか?
A: 遺言書は、信託契約の内容を変更したり、財産を特定の人物に遺贈したりする上で不可欠です。多くの富裕層は、家族信託で管理の仕組みを作り、遺言書で信託に組み込まなかった財産の帰属を定めるなど、両方を併用して活用します。
4-2. Q: 遺留分を侵害する遺言書を作成した場合、どうなりますか?
A: 遺言書自体が無効になるわけではありませんが、遺留分権利者(子や配偶者など)から「遺留分侵害額請求」を受けた場合、金銭でその不足分を支払う必要があります。事業の安定を損なわないよう、遺言書作成前に遺留分を正確に計算し、侵害を避ける配慮が必要です。
4-3. Q: 家族信託の契約は、家族だけで手軽にできますか?
A: 家族信託の契約自体は可能ですが、契約書の内容に不備があると、税務上・法務上で重大なトラブルにつながります。特に、不動産や自社株を信託する際は、信託法、税法、登記の知識が不可欠なため、必ず専門家(弁護士や司法書士、税理士)の助言を受けて組成すべきです。
5. まとめ:円滑な資産承継は「法的仕組み」の設計から
遺言書や家族信託は、富裕層が「意思の実現」「資産の保全」「家族の絆」を守るための、最も強力な法的ツールです。これらの仕組みを戦略的に活用することで、複雑な事業承継や認知症リスクといった、困難な課題を円滑に解決できます。
相続はいつ起こるか予測できません。円滑な資産承継は、早期に「法的仕組みの設計図」を作成することから始まります。
相続や信託の活用について、中立的な専門家の助言が必要な方は、ぜひ一度ご相談ください。
資産運用についてお悩みがあれば、
まずはご相談ください。
私たちファミリーオフィスドットコムは、金融商品・不動産・節税・相続など、あらゆる選択肢の中から、
お客様の価値観や状況に寄り添い、中立的な視点で資産運用をサポートします。
資産に関するお悩みや気になることがあれば、どんな些細なことでもお気軽にご相談ください。



