事業承継の成否は、ほとんど準備段階で決まるといっても過言ではありません。この重要なプロセスを怠ると、事業の空白期間、経営の悪化、そして家族への債務や個人保証の引き継ぎといった深刻なトラブルを招きます。

本記事では、中小企業・小規模事業者における事業承継を成功させるための4つの準備ステップを解説します。経営の交代時期から逆算して、税制優遇の確認、後継者教育、そして経営資源の整理まで、富裕層が時間をかけて取り組むべき全プロセスを専門家の視点からご紹介します。

1. 事業承継成功の法則：成否を分ける8大ステップ（HowTo）

事業承継の準備は膨大かつ複雑ですが、明確なステップに沿って進めることで成功確率は格段に高まります。経営の交代時期から逆算して、以下の8段階の準備を余裕を持って進めなければなりません。

1-1. 【STEP 1】目標策定と自社の現状分析

事業承継の準備は、まず事業承継計画を策定することから始まります。この計画書に沿って準備を進めるため、現状分析は不可欠です。

• 現状分析: 直近数年の業績、キャッシュフロー、借入金、事業用資産・個人保証・債務残高などを把握します。
• 株式評価: 事業承継の専門家に株式の評価額を算定してもらい、株式の保有者および保有割合を正確に把握しておきます。

1-2. 【STEP 3】経営資源の整理と課題の洗い出し

後継者にスムーズに引き継ぐべき経営資源（ヒト、モノ、カネ、情報、知的財産）を確認・整理します。

• 課題の洗い出し: 後継者決定の課題、承継後の新しい経営チームの検討、承継後の環境変化（景気、法規制）を見越した懸念点の洗い出しを行います。

1-3. 【STEP 3】承継方法の決定と支援制度の確認

事業承継の方法を、「親族内承継」「役員・従業員承継」「社外への承継（M&A）」の3種類から決定します。決定後、国による支援制度を漏れなく確認します。

• 支援制度: 事業承継税制（贈与税・相続税の納税猶予および免除）や、遺留分に関する民法の特例（相続による株式分散の防止）など、専門家と連携して適用可否を確認します。

1-4. 【STEP 4】後継者の教育と実行

後継者教育には、5年〜10年以上の期間が必要であり、ゆとりある計画が不可欠です。

• 教育内容: 業界知識、リーダーシップ、決断力、そして財務・会計の知識など、多岐にわたります。
• 実行: すべての準備が整ったら、専門家に任せきりにせず、経営者自身の目でも確認しながら着実に実行します。

まとめ：事業承継の成否は、後継者教育と税制活用、経営資源の整理という8つの段階を、交代時期から逆算して計画的に進めるか否かで決まります。

2. ケーススタディ：準備の有無が分けた事業と家族の命運

事業承継の準備は、単なる手間に見えるかもしれませんが、その有無が承継後の事業運営と家族の生活に致命的な差を生みます。

2-1. 成功事例：経営者Aさんの「時間」を味方につけた戦略

経営者Aさんは40代の頃から息子への承継を計画し、12年の期間をかけて綿密に後継者教育を行いました。

• 成功要因:
  1. 早期の着手: 承継までに相当の時間があったため、余裕を持って計画を立てられました。
  2. 課題の早期発見: 株式の分散といった課題を早期に発見し、買い集めるなどの対策を完了させました。
  3. 家族への影響回避: 専門家の協力を得て、個人の事業資産の承継リスク（個人保証の引き継ぎなど）を回避しました。

2-2. 失敗事例：経営者Bさんの「準備不足」が招いた危機

経営者Bさんは、急な体調悪化をきっかけに承継を検討しましたが、準備を怠り、家族とのコミュニケーションも不足していました。

• 失敗の結果:
  1. 長男の未熟さ: 後継者教育が進んでおらず、長男が経営者として未熟な段階で事業を引き継ぎ、業績が悪化。
  2. 個人保証のトラブル: 事業に関するBさんの個人保証の入れ替えが間に合わず、法定相続人全員に個人保証が引き継がれるという深刻なトラブルを引き起こしました。

＜参考＞事業承継で最も多い失敗事例は以下の5つです。

① 承継開始の遅れ
② 役割と意思決定の曖昧化
③ 家族の合意形成不足
④ 個人保証の引き継ぎ漏れ
⑤ 株式分散・議決権の混乱

まとめ：準備を怠った失敗事例では、後継者教育不足による事業運営の悪化に加え、家族への個人保証引き継ぎという法的なトラブルまで招くことになります。

3. 事業承継の準備に関するよくあるご質問（FAQ）

3-1. Q: 事業承継の準備はいつから始めるべきですか？

A: 理想は5年〜10年以上の期間を確保し、経営者が40代〜50代のうちから始めることです。特に、後継者教育や自社株の評価圧縮には時間がかかるため、早期の着手が成功の鍵となります。

3-2. Q: 事業承継を円滑に進めるための最重要ポイントは何ですか？

A: 独断で行わないことです。経営者一人の判断ではなく、複数の専門家（税理士、弁護士）から意見を集約し判断すること、そして家族とのコミュニケーションを密にして、承継への合意を得ることが極めて重要です。

3-3. Q: 個人保証の問題は、どう対策すべきですか？

A: 事業承継の際に、経営者が連帯保証人となっている個人保証を後継者に引き継ぐか、解除する必要があります。準備を怠ると、法定相続人全員に個人保証が引き継がれるという、失敗事例のような法的トラブルに発展するため、専門家（金融機関を含む）と連携した早期の対応が不可欠です。

4. まとめ：事業承継の成功は「時間」と「専門性」の統合から

事業承継の成否は、ほとんど準備段階で決まります。特に富裕層の事業承継においては、税制、法務、金融の知識が複雑に絡み合うため、「独断を避け、専門家の視点を統合する」ことが成功の絶対条件です。

この複雑なプロセスを確実に、そしてスムーズに進めるためには、複数の専門家を一元的にコーディネートできる中立的なアドバイザーの存在が不可欠です。

【関連記事：【専門家解説】富裕層のための事業承継完全ガイド：50代で始める「後継者・事業・税務」の準備戦略】

監修・執筆：渋谷 豊

ファミリーオフィスドットコム株式会社　代表取締役 大学卒業後、邦銀にてキャリアをスタート。大学院を修了後、Citibank N.A.、仏銀ソシエテ・ジェネラル信託銀行、Societe Generale Bank & Trust Singapore において、プライベートバンキングおよびアセットマネジメント業務に従事。海外勤務7年間を含め、グローバルな資産管理の実務経験を有する。 帰国後は、上場企業グループ傘下の投資顧問会社の代表取締役として、富裕層および上場企業オーナー向けの資産運用助言・ファミリーオフィス業務を統括。資産運用・管理領域における実務歴は25年以上に及ぶ。 2019年設立のファミリーオフィスドットコム株式会社において、中立的立場から資産管理・運用に関する総合的支援を提供。また、2019年より、厚生労働省年金局資金運用課（GPIF 所管）の資産運用研修にて講師を務めている。慶應義塾大学大学院修了。

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