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有事のドル買いが加速させた歴史的円安
2026年7月21日のニューヨーク外国為替市場で、対ドルの円相場が急落し、一時1ドル=163円台を記録しました。これは1986年12月以来、約39年7カ月ぶりとなる歴史的な安値水準です。高市早苗政権発足前の2025年10月時点では1ドル=147円前後で推移していましたが、現在は162円台から163円台へと急激な値下がりを見せています。
この劇的な円安の直接的な引き金は、中東情勢の緊迫化を背景とした「有事のドル買い」です。ただし市場関係者の間では、一時的なショックが過ぎ去っても円高への回帰は当面難しく、1ドル=160円超の水準が「新常態」として定着するとの見方が広がっています。外国銀行の為替ディーラーからは、企業に円相場の見通しを説明するとため息が返ってくるとの声もあり、ドル調達コストの増加に直面する企業ですら、円高期待を捨てて円安見通しへと転換し始めているのが実態です。
崩れた「有事の円買い」神話とドル高の構造
今回の急加速は、米国とイラン間での攻撃の応酬や、イランの武装組織フーシがサウジアラビアに対し紅海の「海上封鎖」を即時実施すると宣言したことへの強い警戒感から生じました。米国側がSNSでイランへの強硬な報復姿勢を示したことで全面的な軍事衝突への懸念が高まり、安全資産としての米ドルに資金が集中しました。
かつて地政学リスクが高まった際には「有事の円買い」が起きる傾向がありましたが、その構造は完全に崩れ、逆に「有事の円売り」が発生しやすくなっています。エネルギー資源を輸入に頼る日本にとって、海上封鎖懸念による原油価格の上昇は貿易赤字を拡大させ、円売り圧力に直結します。対照的に米国は世界最大の産油国であり、基軸通貨としてのドルの信認は揺るぎません。さらに米国のインフレ再燃懸念もドルを下支えしており、ウォーシュFRB議長のインフレ警戒姿勢を受け、主要通貨に対するドルの強さを示すドル指数は節目の100を超える高値圏で推移しています。
円キャリー取引が支える根強い円安圧力
構造的な円安要因として無視できないのが「円キャリー取引」の存在感です。これは低金利の円を売り、高金利通貨で運用して利息差(スワップポイント)を稼ぐ手法です。日本の政策金利が極端に低く抑えられた2022年以降、古参の投資家たちは円キャリーの持ち高を急増させてきました。
長年かけて積み上げたスワップポイントは、そのまま相場変動への「円高抵抗力」となります。そのため中東情勢の緊迫化や世界の半導体株相場の調整といった波乱要因が発生しても、投資家は動揺せずポジションを維持しています。ドルだけでなくユーロやスイス・フランを調達通貨とする分散アプローチも進んでいますが、市場の厚みにおいて円の重要性は際立ち、円売りは継続しています。加えて新NISAを通じた個人投資家の海外株投資の活発化も、恒常的な円売り圧力となっています。
GPIF活用への期待と実効性への疑問
投機筋による大規模な円売り越しが続く中、為替介入への警戒感が高まっています。過去、政府は160円台や161円台で為替介入を実施しましたが、大局的な円安進行を食い止めるには至りませんでした。
そこで伝統的な介入手段に代わり注目されているのが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を通じた円安抑制策です。政府がGPIFによる国内金融資産への投資を後押しする方針を示唆したことで、市場では一時的に円が買い戻される場面もありました。しかし、仮にGPIFが許容幅内で海外資産を減らし、3年間かけて約10兆円ずつ国内資産へシフトさせても、過去の同規模の為替介入が相場を反転できなかった歴史を踏まえれば、影響は極めて限定的と試算されています。積極財政や緩和的な金融環境が円の押し下げ圧力となっている矛盾もあり、政策的な円安抑制には限界が見え隠れしています。
深刻化する円安倒産と「負のサイクル」
行き過ぎた円安の定着は、日本経済に深刻な打撃を与え始めています。かつて円安は輸出企業にプラスとされましたが、現在は輸出型企業であっても国内販売の比重が大きく、過度な円安はむしろマイナスに作用します。資源価格の高騰と円安が重なり、企業の原材料調達コストは激増し、価格転嫁が追いつかない企業の採算は急激に悪化しています。
その結果、円安を起因とする企業倒産が増加の一途をたどっています。2026年上半期の円安関連倒産は前年同期比3割増の45件に達し、年間では100件に迫る勢いです。市場関係者が最も恐れているのは、この倒産増加が日本経済の成長力を削ぎ落とし、それがさらなる円安材料として認識される「負のサイクル」です。有事のドル買いという強烈な外部要因と、円キャリー取引や日本の構造的弱さが複雑に絡み合う中、政府の抑制策への期待は薄らいでおり、日本経済は歴史的な試練に直面しています。
