海外移住を考える富裕層が見落としがちな、日本国内の資産管理
【Q】ご相談
私は40代後半の会社経営者です。
現在、金融資産を約8億円保有しているほか、国内に賃貸マンションを数十棟所有し、不動産賃貸事業も行っています。
以前から海外での生活に関心があり、現在はシンガポールやマレーシアなど、アジア圏を中心に移住先を検討しています。
そんな中、先日、新聞で「海外居住者の国内不動産、賃貸事業に課税」という記事を目にし、少し心配になりました。
海外に移住すれば、日本での税負担をある程度軽減できると考えていたのですが、今後は海外に住んでいても、日本国内の賃貸不動産に新たな税金がかかるのでしょうか。
また、不動産を個人名義で保有するのではなく、日本国内に資産管理会社を設立して保有する方法も検討しています。
海外移住を考えるうえで、どのような点に注意すべきでしょうか。
【A】回答:海外に移住しても、日本に残した資産が日本の税制と無関係になるわけではありません。
海外移住を検討される富裕層の方は、移住先の所得税や相続税などに関心を持たれることが多いと思います。
しかし、私は海外移住を考える際、移住先の税率だけに注目することはおすすめしていません。
なぜなら、海外に住むことと、日本にある資産への課税がなくなることは、まったく別の問題だからです。
今回のニュースは、そのことを改めて考えるきっかけになると思います。
海外居住者にも個人事業税を課税する方向へ
2026年11月1日の日本経済新聞によると、総務省は、海外居住者が日本国内で不動産賃貸業や駐車場業を営む場合、個人事業税を課税する方向で検討を始めたと報じられています。
2027年度の税制改正大綱への反映を目指すとされていますが、現時点では決定事項ではありません。
そもそも、日本国内で一定規模以上の不動産賃貸業を営む個人には、原則として5%の個人事業税が課されます。
一方、海外に居住し、日本国内に事務所などを持たない個人については、原則として課税されていませんでした。
今回検討されているのは、こうした税負担の差を見直そうというものです。
例えば、国内で一定規模以上の賃貸事業を営み、個人事業税の計算上の所得が年間1,000万円あるケースを考えてみましょう。
年間290万円の事業主控除を差し引き、その他の控除等を考慮しない単純計算では、個人事業税は年間35万5,000円となります。
これまで国内に事務所などを持たない海外居住者には、原則として生じていなかった税負担です。
ただし、個人事業税は、不動産を所有するすべての人に課されるものではありません。
例えば東京都では、賃貸マンションの部屋数や貸家の棟数など、事業規模を判断する基準が設けられています。
具体的な認定基準は都道府県によって異なり、物件数だけで判断できない場合もあります。
したがって、今回の見直しで影響を受けるのは、主に日本国内で一定規模以上の不動産賃貸事業を営む海外居住者です。
今回のご相談では、賃貸マンションを数十棟保有されているため、制度が実施された場合には、影響を確認する必要があると考えられます。
なお、海外居住者であっても、日本国内の不動産から生じる所得は、従来から日本の所得税の課税対象となっています。
今回新たに検討されているのは、地方税である個人事業税の取扱いです。
日本法人で不動産を保有すれば、問題は解決するのか
今回のご相談では、日本国内に資産管理会社を設立し、不動産を法人名義で保有する方法も検討されているとのことです。
確かに、不動産を個人で所有する場合と、日本法人を通じて所有する場合では、税務上の取扱いが異なります。
今回検討されている個人事業税の課税拡大は、海外居住者である個人を対象とするものです。
したがって、日本法人が所有する不動産に対して、今回の見直しによって新たに個人事業税が課されるわけではありません。
法人の不動産収益には、法人税や法人事業税などが適用されます。
ただし、ここで注意していただきたいことがあります。
法人を設立すれば、必ず税負担が軽くなるというわけではありません。
法人の設立・維持費用、法人税、個人への配当課税、将来の相続など、考えるべき問題は少なくありません。
また、現在個人で所有している不動産を法人へ移転する場合には、その移転自体に税負担や費用が生じる可能性があります。
さらに、海外居住者が日本法人を実質的に経営する場合には、移住先の国の税制によって、法人の税務上の居住地や課税関係が問題になることもあります。
したがって、今回の税制改正の可能性だけを理由に、保有不動産を法人へ移す判断をすることはおすすめしません。
海外移住で本当に考えるべきこと
私は、今回のニュースで注目すべき点は、海外居住者に新たな税負担が生じる可能性があるということだけではないと思います。
むしろ重要なのは、海外移住をしても、日本に残る資産については引き続き管理が必要になるということです。
今回のご相談では、金融資産8億円に加え、日本国内に数十棟の賃貸マンションを保有されています。
このような場合、移住先の税制だけでなく、日本に残す不動産の収益性、管理体制、借入金の有無、将来の相続まで含めて考える必要があります。
例えば、海外移住後も日本の不動産を長期間保有するのであれば、建物の老朽化や修繕費の増加、賃料の下落などにも対応しなければなりません。
また、海外に住みながら国内不動産を管理する場合、国内の管理会社や専門家との連携も重要になります。
さらに、将来、子どもたちが日本の不動産を相続したとき、その資産を保有し続ける意思があるのかという問題もあります。
親にとっては長年保有してきた大切な不動産でも、海外に住む子どもにとっては、管理負担の大きい資産になるかもしれません。
親にとって合理的な資産が、次世代にとっても合理的な資産とは限らないのです。
ファミリーオフィスでは、移住後の資産全体を考える
ファミリーオフィスの視点では、海外移住を単なる居住地の変更として捉えません。
本人がどこに住むのか。
資産をどの国に保有するのか。
個人名義と法人名義をどのように使い分けるのか。
そして、将来その資産を誰に引き継ぐのか。
こうした問題を一体で考える必要があります。
特に今回のように、国内に相応の不動産を保有している場合には、海外移住を機に資産構成そのものを見直すことも選択肢になります。
例えば、日本国内の不動産をすべて保有し続ける必要があるのか。
一部を売却して金融資産へ組み替えたほうが、資産管理の負担を軽減できるのではないか。
あるいは、国内の管理体制を整備することで、海外移住後も安定した賃貸事業を継続できるのではないか。
こうした検討は、税金の問題とは別に行う価値があります。
税金を減らすことと、資産を守ることは、必ずしも同じではありません。
目先の節税効果を追求するあまり、複雑な所有構造をつくり、管理コストや将来の相続負担を増やしてしまっては本末転倒です。
海外移住を決める前に確認したいこと
私なら、少なくとも次の点を整理します。
- 日本国内に残す不動産の収益性と将来の管理負担
- 個人保有と法人保有、それぞれの長所と短所
- 移住先の国と日本の双方で生じ得る税務上の問題
- 海外移住後の国内不動産の管理体制
- 将来の相続と、次世代が資産を引き継ぐ際の負担
そのうえで、日本と移住先の双方の税制に詳しい専門家に、具体的な税務上の取扱いを確認することが重要だと考えます。
【結論】海外移住は、税金ではなく資産管理の方針から考える
海外移住を検討する際、「どこの国に住めば税金が安いか」という点に関心が集まるのは自然なことです。
しかし、私はそれだけで移住先や資産の保有形態を決めるべきではないと考えています。
今回の個人事業税の見直しは、まだ検討段階です。
この動きだけをもって、海外移住全般への課税が強化されると考えるのは早計でしょう。
一方で、現在の税制で有利な方法が、10年後、20年後も有利であるとは限りません。
だからこそ、税制の変化に左右されにくい資産管理の仕組みを考えることが重要です。
税制は変わります。しかし、資産管理の目的まで変えてはいけません。
節税のために資産の保有形態を決めるのではなく、資産を長期的に守り、次世代に引き継ぐために、最も適切な保有形態を選ぶ。
私は、その順番を間違えないことが、富裕層の海外移住と資産管理では何より重要だと考えています。
本記事について
本記事は、税制改正や制度変更が富裕層の資産管理に与える影響について、一般的な情報提供と考察を目的としています。
個別の税額計算、申告、税務上の適用判断については、日本および移住先の税制に詳しい税理士等の有資格専門家にご相談ください。
※本記事は2026年11月1日時点の報道および公表資料を前提としています。海外居住者への個人事業税の課税拡大は検討段階であり、制度の詳細や適用時期は今後変更される可能性があります。
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